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中川信男の多事争論

「多事争論」とは……福沢諭吉の言葉。 多数に飲み込まれない少数意見の存在が、 自由に生きるための唯一の道であることを示す

プレマ株式会社 代表取締役
ジェラティエーレ

中川信男 (なかがわ のぶお)

京都市生まれ。
文書で確認できる限り400年以上続く家系の長男。
20代は山や武道、インドや東南アジア諸国で修行。
3人の介護、5人の子育てを通じ東西の自然療法に親しむも、最新科学と医学の進化も否定せず、太古の叡智と近現代の知見、技術革新のバランスの取れた融合を目指す。1999年プレマ事務所設立、現プレマ株式会社代表取締役。保守的に見えて新しいもの好きな「ずぶずぶの京都人」。

実を結ぶということ
つまりは、終わりなき進化へのサイクル

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この自然食の世界は本当に奥が深いと思う出来事がありました。 
 
自然食の仕事を進めてきたことの蓄積からか、約4年前からスタートした、みずからがすべてを取り仕切るジェラート作りで、イタリアの国際コンテスト3回連続入賞という前人未踏とされるところまで一気に上り詰めました。これは自慢でもなんでもなく、おいしいこと、見た目がよいことだけが最高とされる菓子のプロたちの世界のなかで、素材とはなにか? 食べることの本質とはなにか? 食べる人にとって、そのエネルギーはどう働くか? という大半の菓子職人が考えもしなかったことしか思考しなかったために、コンテストへのアプローチの仕方が全く違ったのです。 
 
とはいえ、このジェラートコンテストは、応募したら何十人(社)も金賞というようなモンドセレクションやチョコレート、唐揚げコンテストの類いとは全く異なり、オリンピックのように、一人(社)ずつ、味と見た目による順位付けがなされます。では、味と見た目をメインターゲットにせず、他の軸でそこに至るためにはどうすればいいかということを思索して、「イタリア人審査員にとって、なにが快であり、なにが不快であるか」というポイントだけで勝負に出ました。 
 
当然ですが、ある程度人生経験を積んできた大人は、全く知らない味をこれはうまい!と思うことはありません。これは知っているぞ、そのなかでも最も繊細でおいしいぞ、と感じるパターンを想定して、それを作品に織り込む必要があります。 そこで私がフォーカスしたのが、塩味、酸味、甘味、脂質感、舌触りのバランシングです。イタリア人と日本人では基準が全く違いますので、コンテスト前の試作では、日本人がおいしいと言ってくれることに興味はありません。大抵、私の試作品は日本人の同僚からは不評で、笑顔とおいしいという言葉の陰で、わずかに顔をしかめられたものが正解と割り切っていました。コンテストでは、並みいるイタリア人のプロに混じって私の名前を何度も呼んでもらうことができたのですが、そのときに重視したひとつ「塩味」に、最近、トラブルが起きたのです。

塩という不思議

プレマルシェのジェラートや、レストランで提供するいくつかのメニューでは、宮古島のある塩を使っていました。私が「八福乃塩」と名付けて、プレマで販売もしていましたが、これを満月の夜に取水して風で濃縮し、最後は薪で炊き上げていたおじいが亡くなったという悲報を受けました。 
 
おじいが取水していた島尻という場所は、対岸に大神島という神聖な島を望む、マングローブ林の一角にあります。この島の歴史や伝承にまつわる本をすべて読んでいた私は、同時にこの塩にも魅了され、同じ宮古島で作られている工業的な塩には目もくれず、そのやさしいエネルギーを信頼しきっていました。ほんの微量使うだけで、全体が整う感じは他になく、私のコンテスト対策の秘策でもありました。 
 
 おじいが他界した時点で在庫としてあったのは200kg。これも半年ほどで枯渇してしまい、代替えを探さねばならなくなりました。言わずもがな、プレマにはものすごい数の塩の取扱があり、そのなかから、業務用で提供されている数人の超一流料理人が贔屓にする高級塩をピックアップして使い始めましたが、どれもこれも、ダメなのです。自分ではダメだ、ダメだと思いながらもジェラート自体は塩を変えても好評ですから、とにかく間に合わせるしかありません。 
 
 しかし、お客様からクレームはなくても、以前の味を知っているスタッフは騙せません。東京の店に行くたびに「この味が変、こっちも変、以前と違う」と指摘され、ああやっぱり塩なんだ、なんでちゃんとした塩なのに、と言ってみたところで主観は覆らないのです。3回目の塩変更チャレンジで、以前の調和度からして8割くらいには戻ったと思いますが、現時点ではまだ完璧ではありません。 
 
 塩については、産地やミネラルのバランスや製法の違いなど、いろいろなことがその差をもたらすとされていますが、私はそのスペック比較に本質はないことに気づきました。つまり、塩は意志の発信者の記憶媒体であり、つまりこの件では、私が「この塩は食べる人に調和と全方位の福をもたらす」と定義してしまったことを忠実に再現しているのではないかと考え直したのです。 
 
 海は生命の母であり、その現実的な結晶が塩といえます。その結晶に食べる人への共感と励ましという思いをのせる、そのように命じているのは私自身であり、他の料理人や科学者は関係ありません。
 
そう思い直したとき、もう以前と同じを求めることは無駄だと思い知りました。自分が製塩するか、またなんらかの導きによって、その意志を深く発動させるような出会いがあるかどうか。一度、完成したと思ったなにかは崩れ、また新たな息吹を宿す。果実が実を結ぶことは、朽ちることの始まりでもあり、あくまでも次の種子への賛歌なのです。懐かしい記憶よりも、この瞬間に生きるように教えられているような気がする現在進行形の出来事です。

こんな時代に家庭に常備を

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