私たちがジェラート作りをはじめてもう5年近くの月日が過ぎました。スタートするときにはジェラートについてなにも知らなかったのですが、気がつけばイタリアで開催されていた国際コンテストで入賞をくり返し、受賞のたびに周りからはイヤな顔をされました。どこの馬の骨ともわからず、製菓業界の経験もない無名の人間が名だたる大企業のチームや、経験豊かな諸先輩方を差し置いて何度も表彰台に呼ばれるのですから、嫌われても当然です。相変わらず、どんな組合にも所属せず、周辺とも交流もなく、独立独歩でやっていますので、業界環境などについてはまったく知識がありません。人が口にするべきはこのようなものだろうという原理原則しか見ていないので、派手さもなく、地味に取り組んでいるだけです。世界的なコロナの騒ぎもあって、コンテストは開かれておらず、新規出店もしていませんので、もうなにかに派手に挑戦するということもなくなりました。一方で、ありがたいことに、私がずっと考えてきた「人生最後に口にするものが、プレマルシェのジェラートであれば嬉しい」の祈りについて、大切な方の最後の食事が私たちのそれであったというお話をよく聞かせていただくようになり、『心の薬』としてのジェラートというものが実際に存在しうることを知ることができて、静かなモチベーションの火だけは消えることがありません。素材が、見た目がといわれるお菓子の世界に、見えない力を閉じ込めてお客様の心身に入り込み、どれだけ悲しいできごとも癒やし、大切な時間のそばにいると思うだけで、心が沸き立ちます。
そんな一方で、本誌2018年10月号で宣言した、ジェラートに続く自社ですべての行程をおこなうチョコレート製造について、なんの続報もできない状態が続いていました。工房の建築工事が京都の建築職人不足で大幅に遅延したこと(当時、京都はインバウンドを見込んだホテル建築ラッシュの只中でした)、やっとのことで工事が終わったらコロナの大騒ぎとなってしまい、欲しかったカカオは入荷せず、素材を探そうにもカカオ産地には渡航できず、新たに人を雇うような環境でもなくなってしまい、立派な設備だけが嵐の過ぎるのを待っている状態に陥っていたのです。しかし、その一方でジェラート作りにおける、単なる菓子を『心の薬』に変容させる方法論だけはしっかり確立していたために、より高いレベルのものづくりに必要なアイデアだけは蓄積されていました。そしてこの夏から実際に試作を開始し、順調に新たな『心の薬』が形になりつつあります。それを、単なるチョコレートを超えるものとしてカカオレートと名づけ、この秋冬には本格的に作り出せる見通しとなりました。
プレマルシェ・カカオレート®️ラボに寄せる思い
私たちのような、自然食をベースとする会社が製菓の道を歩み出し、カカオの魅力に取り憑かれるまでには時間はかかりませんでした。残念なことに、多くのチョコレート産業では大量生産が前提となり、カカオは最も不条理に取引される不公平貿易(アンフェアトレード)の最たるものとされ、強きが弱きをくじくためのツールとなっています。今、世界は力の強いものが覇権を握るという前世紀で終わったはずの価値観が蒸し返され、歴史(や物事)はスパイラル状に進化するという趣旨を述べたヘーゲル的な弁証法を証明するようなできごとに見舞われています。私たちはこの前提にたち、より進歩的であり続け螺旋状の発展に寄与するためにはなにができるか?という問いのなかで、旧時代のチョコレートを進化させたカカオレートという製品概念を打ち立てるにいたります。
カカオレートとは、カカオそのものの機能性を生かし、誰をも害さず、むしろ食することで人々を豊かにすることを前提とした進化的な食品です。素材の厳選と生産者との関係性はもちろん、製造過程におけるエネルギー調整にいたるまでを一貫しておこない、ほかに類を見ないカカオの可能性を引き出したMade in Kyotoの技術の粋です。つまり、私たちが作るのはチョコレートではなく、まさに『心の薬』そのものなのです。
パッケージの完成を待たず、カカオレートの正式オープン前のお披露目を10月30日に開催されるビーガングルメ祭(東京)でおこないます。どうぞお味見にいらしてください!




