去る1月17日、仏画師・安井妙洋さんによるセミナーが行われました。今回のテーマは毘沙門天。お話のあとには、実際に毘沙門天のおなかの部分にある「獅噛」を写仏しました。そのお話の一部をご紹介します。
毘沙門天は人気のある神様
プレマ六本木オフィスでの講演会の様子。第三回目も大好評でした。
本日のテーマは十二天の中の毘沙門天ですが、これは四天王の中では多聞天とも呼ばれています。四天王とは「持国天、増長天、広目天、多聞天」ですがそれぞれ東南西北を守り、北を守るのが多聞天です。 毘沙門天は日本や中国では昔から、すべてのことを一切聞きもらさない知恵者と言われ、仏の言葉や衆生の声をよく聞く神様です。そのお役目は、第一に仏様をお守りすること。その次には、仏教でいう宇宙観、須弥山の世界を守護することで、須弥山の頂上に住み、帝釈天に仕えていますが、そのために夜叉や羅刹を眷属につけています。 毘沙門天は日本ではとても人気があり、聖徳太子の時代から国土を鎮護する武運の神として信仰されてきました。物部氏と蘇我氏の戦いで、蘇我氏側についた聖徳太子は、勝利を毘沙門天に誓願したところそれが果たされたため、四天王寺(大阪)を建てて毘沙門天を祀りました。それを機に日本中に広がっていったのです。 奈良の信貴山にもそれに関わる言い伝えがあります。聖徳太子は物部氏を討伐する道でこの山を通りがかり、勝利を祈願したところ、寅年の寅の日の寅の時刻に毘沙門天が聖徳太子の前に現れ、戦に勝利したというものです。そこで毘沙門天の遣いは寅ということになっています。 でも一般的にはそれはむかでです。財宝の神でもあるので、むかでは足が多いので、「おあし」でお金が多いという意味、また、すべての足がそろわないと前へ進めないので協調性があるという意味もあり、むかでが遣いとされているようです。 また、毘沙門天は2つの大きな力を持っています。ひとつは護法尊(ごぼうそん)で、仏の教えを守ること。もうひとつは、福徳尊(ふくとくそん)で、人々に福を施すこと。心には勇気や決断を、暮らしには財産を与えてくださり、物心両面から私たち守ってくれているわけですね。もちろん戦いにも強い仏様で、強くなりたいとか出世したいという願いをかなえてくれます。毘沙門天はこうした福徳を授けるという意味で、江戸時代に盛んになった「七福神」の中にも入っています。
もともとはガンダーラで生まれた
これまでのお話は、あくまでも日本や中国でのことですが、そもそも毘沙門天は、アジアの中央、ガンダーラで生まれました。お釈迦様が出家するために暗闇の中、城から出るとき案内をしたのが、毘沙門天と帝釈天だといわれています。現在の毘沙門天は宝刀を持っていますが、そのとき持っていたのは弓でした。光を放つ弓で、暗闇の中を案内したそうです。 毘沙門天は、私たち人間と同じ、六道の世界の中の、天部に生きています。六道の世界は下から「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天」とあり、悟りを得ない限り、この中で輪廻転生していくと考えます。毘沙門天は一見位が高いように思われますがそうではなく、悟っていないので、必ず死が訪れます。天部の寿命はとても長いもので、大きな石が、天使たちの羽衣の裾がこすれる力で削られて消えていくまでといわれていますが、寿命が尽きれば、次は畜生や餓鬼の世界に生まれ変わるもしれないのです。
悪魔とともに戦ってくれる存在
現実の世界では、いろいろな場面で悪魔が誘ってきますが、それは外から入り込んだり、また自分の心の中からも出てきたりします。そうして人の中に魔が入るとき、毘沙門天は自分と一緒になって戦ってくれるのです。それは天界の一番下、われわれ人間にもっとも身近な場所にいるからできることです。 魔は「四魔」といわれますが、つまりそれは4つの煩悩であり、「陰魔」「煩悩魔」「死魔」「天子魔」と呼ばれるものです。陰魔は肉体を持っているために迷う魔です。煩悩魔は欲や怒りなど、おろかであるために思い患う魔で、それは108あるといわれています。死魔は死を恐れる心の魔、死を誘う魔です。天子魔は人を妬む魔のことです。 私たちにとって、煩悩魔が一番身近だと思います。この魔によって、過去を思い出して後悔することもありますが、お釈迦様は「過去を思い悩むのは、不幸の訓練していることと同じことだ」と言っています。本当にそうだと思います。終わった出来事を心の中にずっと持ち続けるのは、矢が刺ささっているのに抜かず、「痛い、痛い」と言っているのと同じですよね。仏陀はそうした人を「遺体を背負い歩いている」とも言っていますが、矢を抜かなければいつまでも苦しむだけだし、遺体をおろさなければ疲れるだけです。そう考えると、過去の自分を許すほうがかしこいと思えます。
毘沙門天のかたちを理解する
「絵は立てて見ると違って見えるので、まず下絵を立てて眺めてみて、ここからスタートしようとか、このへんは強く描こうなどとイメージしてみるといいでしょう」(安井先生)