この夏、一件、重要な訴訟を提起しました。A県に対して、旧優生保護法に基づく優生手術(いわゆる強制不妊手術)の実態に関する文書の開示を求めました。今回は、この訴訟について、簡略化してご紹介したいと思います。
情報公開請求
前提となりますが、私たちは、国や自治体が保有する公文書の公開を請求できます。これは、私たちが有する知る権利や、行政の説明責任から導き出される請求権です。そのため、法律や条例で、公文書は、原則として公開されるものと規定されています。
A県の場合も、A県情報公開条例において、「県の保有する情報は、県民の共有財産である」、「したがって、県の保有する情報は公開が原則であり、県は県政の諸活動を県民に説明する責務を負う」と定められています。
他方で、公文書の中には個人のプライバシーに関わる情報が記載されるなど、公開された場合の弊害が大きいものも存在し、例外的に公文書の不開示も可能な仕組みになっています。
訴訟にいたる経緯
今回の件では、まずB新聞社の記者であるCさんが、A県知事に対して、旧優生保護法に基づく優生手術の実態に関する文書の公開を請求しました。するとA県知事は、手術を受けた方の本籍地や住所、氏名、生年月日などのほか、職業、生活状況、発病後の経過といった情報を不開示とするとともに、優生手術をおこなう申請をした医師や、実際に手術を実施した医師の氏名、所属する医療機関なども不開示とする一部不開示決定をしました。結果、Cさんに開示された文書は、ほとんど黒塗りにされたものでした。
Cさんは、とくに優生手術を受けた方のプライバシーを侵害しようなどと考えていたわけではありません。かつて、この国において実施されていた強制不妊手術について、その経緯や実態の解明を目指していたのです。
しかし、文書の大半が黒塗りとされて開示されたため、優生手術の解明をおこなうことはまったくできませんでした。そこでCさんは、A県知事の一部不開示決定について、審査請求の手続をとりました。これは行政機関によって、行政処分の違法性・適法性や妥当性・不当性を審査する手続です。情報公開分野における審査請求においては、情報公開審査会などと呼ばれる諮問機関が、専門的な立場から問題となる行政処分について、答申をおこなうことになっています。そして諮問をおこなった行政機関は、答申を尊重して裁決をおこなう必要があります。
A県情報公開審査会は、A県知事が不開示とした部分のうち、個人を識別できる一部の情報等を除いて、公開すべきであると答申しました。しかしA県知事はこれに反して、大部分を不開示とする裁決をおこないました。
そこで、Cさんは、A県知事の一部不開示決定と、答申に反してなされた裁決が違法であると主張し、A県知事が答申のとおりに文書を開示することを求めて訴訟を提起したのです。この訴訟では、私を含む9人の弁護士による弁護団が結成されています。
情報の意義
私たちは、公文書に記載された情報を知ることにより、歴史を知ることが可能です。今回の件に関して、記載される事実は負の歴史であるかもしれません。しかし、そうした負の歴史を社会で共有することは、未来を創ることにほかなりません。私たちは、負の歴史を正しく学び、省みることで、将来における同様の事態の発生を防ぐ手立てを講じられます。
今回の訴訟を通じて、こうした情報の意義というものも明らかになることでしょう。このコラムでも、今後の訴訟の展開について、ときどきご紹介していきたいと思います。