2011年3月11日の東日本大震災とそれに続く福島第一原発の過酷事故。あれから12年の月日が経ちますが、コロナ渦を経て私たちは通常の生活を取り戻しつつあり、一方で福島ではまだ終わらない多くの課題が山積みです。この夏、猛暑のなかで多くの電力が必要になり、円安や世界情勢の不安定化もあって原発容認の世論が一気に高まっています。だからこそ、震災の時期ではない9月号で、あえてこのことについてもう一度お伝えしたいと考えています。
私は原発事故発生の直後に福島を何度も訪問することになり、ご縁ができた福島県相馬市。福島県沿岸部にあるいわゆる浜通りと呼ばれる場所です。ちょうど今年は相馬野馬追という千年以上続く祭りの時期に津波被災者の慰霊灯籠流しが重なったことで、あらためて訪問させていただきました。相馬市では、一般にはあまり知られていないのですが近年何度も豪雨被害があり、昨年には震度6強の大地震が襲いました。この地震は2011年の本震よりも激しい揺れだったとのことで、まだ街のあちこちが損傷したままの状態ですが、歴史ある祭りをなにがあっても続けようという意気込みと熱気が街を包み、野馬追は成功を収めました。一方、相馬市の原釜漁港で震災以降続けられてきた慰霊の灯籠流しがコロナ渦の3年間は中止となり、今回が13回忌にあたるということで、主催されている皆さんの高齢化もすすみ今年をもって終了すると伺いましたので、なんとしても参加したいと思いを募らせてきました。相馬市では458名の方が津波によって亡くなり、その供養とともに、あの震災で海に飲まれてしまった何万人もの皆さんの痛恨の思いを感じつつ、海への敬意と亡くなったすべての皆さまの魂が安らかにありますようにとの祈りをひとつにする機会となりました。慰霊祭には真言宗豊山派の青年会で組織されている豊山太鼓『千響』の皆さんもボランティアで参加され、太鼓と読経、そして最後を締めくくる盛大な海上に打ち上げられた数多くの花火は亡くなった方、その後を生きている方への鎮魂となったことでしょう。
中川信男の多事争論
「多事争論」とは……福沢諭吉の言葉。 多数に飲み込まれない少数意見の存在が、 自由に生きるための唯一の道であることを示す
プレマ株式会社 代表取締役
ジェラティエーレ
京都市生まれ。
文書で確認できる限り400年以上続く家系の長男。
20代は山や武道、インドや東南アジア諸国で修行。
3人の介護、5人の子育てを通じ東西の自然療法に親しむも、最新科学と医学の進化も否定せず、太古の叡智と近現代の知見、技術革新のバランスの取れた融合を目指す。1999年プレマ事務所設立、現プレマ株式会社代表取締役。保守的に見えて新しいもの好きな「ずぶずぶの京都人」。
ずっと終わらない
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夏バテを生き抜く男性のために
ノニジュースといえば「まずい!」というイメージがついて回りますが、珊瑚礁が隆起してできた宮古島産のノニはその常識が当てはまりません。冷たいビールや飲み物、さらに外は暑いから耐えられないと下げすぎた冷房温度で疲れすぎてしまった肝臓に渇をいれ、男性の元気を回復するにはしっかり発酵したおいしいノニジュースが最適です。これを蒸留酒に混ぜて飲みますと、いくらでも飲めて、飲み過ぎてしまいますのでそれにはご注意ください。