【Vol.99】笑っていられる母でいたい

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今、わが家のお手洗いにデジタルフォトフレームがあります。もともとは、亡くなった夫の母にプレゼントしていたもので、楽しい写真があれば夫がデータで送ってみられるようにしていたものです。そのため、中にはたくさんの孫たちの写真が入っています。その後のいき場所が確定していなかったので、“とりあえず” と夫がお手洗いの台に置いていました。
 そんなフォトフレームを、ぼーっと見ていると、息子二人の小さな頃の写真がどんどん映し出されてきました。二人で仲良く空を眺めている写真、疲れて道路で寝てしまっている写真、おいしいものをほおばっている写真などなど……。どれも屈託のない表情で、かわいらしいものばかりです。「寝ているときが一番平和で、かわいいよね」という言葉に“いやいや、起きているときもかわらずかわいい” と思っていたものですが、最近では日々わたしの顔は鬼婆のような表情ばかり。心安まるのは息子二人の寝顔を見たときだけなのでは。と思うほどです。
 わたし自身、こんなに鬼婆のように日々を過ごすことになるとは、子どもが小さな時は思いもよりませんでした。「片付けなさい」「宿題しなさい」「はやく起きなさい」というようなことを言い続けるものの、まったく聞こえていない息子二人にぐったりしてしまい、心になんの余裕もない状態です。フォトフレームの中の小さな息子たちには、そんなことになったことはなく、どうしてしまったのだろうかと、しばし考え込んでしまいました。
 成長に従って「やらないといけない」が増えてきてしまい、それにともなって、その「やらないといけない」ものを「このようにしなければならない」というルール作りを、わたしはしているようでした。先日、習っている楽器の練習をまったくしない長男を、厳しく叱りつけました。しかし後になって息子から、自分の楽器がどれほど好きなのか、そして弾いているときに癒やされ、その後にいろんなことにやる気が出るようになるということを聞きました。「自分はこれが好き」ということをもっと大切にしてやらなければならないところを、「やるなら、これだけ練習をしなければならない」ということを決めてしまったことが、本当によかったのだろうかともんもんとしていました。ですが、小さな頃の笑顔を見ると、この笑顔でいられる方法を子どもと一緒に考えることの必要性を感じます。
 今年一年、いろんな事が起こり、わたしの心が平穏でいられず心折れそうなことも多々ありました。生きているからこそのことであり、次につながると信じて、今年を締めくくれればと思います。本年もありがとうございました。