最近の世相を人里離れた山の中から見ていると奇妙な事だらけです。36歳の母親が生活に困ったからと自分の娘に売春させたり、27歳の若者が出会い系サイトで二百万円の借金ができ母親と妹を絞殺したりと、考えられない事件が起こっています。
一方では、民主党の小沢代表の秘書が政治資金規制法で逮捕されたにもかかわらず本人は居座り続けているのに、次期政権を担うかもしれない民主党は小沢を切ることができず、人心が離れていくことを他人事のように見ていたり、アメリカが元凶の金融危機に対しても、表立って厳しく批判し正しい対処の仕方を講ずることもせず対症療法である景気対策に金をばら撒いているだけです。
このような末法の世界が突然現れたわけではありません。 経済でいえば、その兆候は昭和50年代の初めから見えていました。今は故人となられた草柳大蔵さんから聞いた話ですが、昭和53年に政府が財政出動した折は、一兆円の財政出動で一兆五千億円の景気刺激となり、合計二兆五千億円の経済効果に寄与したのですが、平成に入ってからは総額50兆円の財政出動で経済は梃でも動かなかったとのことです。今日、百年に一度の未曾有の経済危機といわれながら、場当たり的な定額給付金の支給、数十兆円の経済対策を進めていますが、恐らく何の効果もないまま、多くの企業が破綻していくに任され、力のない人々はいつの間にか消えていく運命にあるのでしょう。政府の財政出動は、ケインズ経済学の根幹となるものですが、ハーベロードの法則というのがあって、国の指導的立場にあるエリートによって確かな施策によっての財政出動でなければ効果は上がらないとされています。至極当たり前の話ですが、平成に入ってからの財政出動が意味を成さなくなったのと官僚組織の弛緩とは機を一にするものでしょう。
経世済民を担う本当の意味でのエリートがこの国には存在しなくなったのです。スペインの高名な哲学者は、エリートとは「私心を持たず公のために身をもって働く人。」と定義しています。私は1985年にブラジルのサンパウロ大学に1年間滞在したことがありますが、当時のブラジルは恐ろしいほどのインフレで、何とも無残な国でした。
たまたま知り合った大農場主に「このような無残な国がどうして存在できるのでしょうか。」と尋ねたところ、彼の答は「国民の1%が真面目であれば国は持ちます。」ということでした。翻って、我国を考えれば国民の70%は真面目でしょうから、いかなる国難に遭遇しても日本は安心なのだろうと納得したことを思い出します。
その後、1990年に友人の招きでフランスのブルゴーニュ地方を旅した折のことです。同行することになった高名な禅哲学者の秋月良民さんと成田空港の待合室で出発待ちをしていたのですが、そのとき秋月さんを見送りに来られていた元通産官僚のNo・2をしておられたという人物と色々話をさせていただきました。その話の中で、日本の政治についても話が弾みましたが、「戦後、50年足らずで世界第二位の経済大国になったにもかかわらず政治が三流以下なのはどうしてなのでしょうか。」と尋ねたところ唖然とする答が返ってきました。彼の答は「私たち官僚は、優れた政治家を作らないようこれまで腐心してきました。」ということでした。ブラジルでの大農場主の答にもびっくりしましたが、この元高級官僚の答には唖然として返事もできない状態になりました。そのような考えに行政官達が至った経緯を推測するには紙面がいくらあっても足りませんが、結論から言うと今日の行政組織の弛緩につながり、国家権力の中枢にあって、70%の真面目な国民の上にあぐらをかきながら、巨大な利権集団を作り上げたのでしょう。
三権分立とは名ばかりで、各省庁は縦割りで利権擁護の枠組みを強固にしつつ、官僚組織全体の危機に対しては一枚岩で組織防衛に対応するという体制が出来ているのでしょう。今回の民主党に対する揺さぶりも、建前は三権分立を通していますが、司法を動かしているのも官僚であることを考えれば、官僚組織擁護に動いたことは間違いないでしょう。官僚にとって衆愚政治を維持することが最高の保身術であり、我国の国益ではなく官僚益が確保できれば十分なわけです。
最近、天下り批判で賑やかですが、各省庁で同期入省の中から官僚トップの事務次官という実質各省庁の大臣を選び、その他の同期を外に出す仕掛けは官僚組織の絶対権を事務次官に集中させ権力のピラミッド構造を堅持するために他なりません。高級官僚の定年制を早くしてあるのもこのためです。
官僚制度の欠点ばかり指摘したようですが、戦後、我国が短期間に世界に冠たる経済大国にのし上がることができたのは護送船団といわれた官僚組織の力に負うところが大きかったことは間違いありません。しかし、昔から言われているように、「権力は腐敗する。」というのも正に箴言です。行政という政を行う組織が政を支配すると権力が分散し、見えにくくなる分問題の根は深くなります。4月4日の朝日新聞に7つの内閣で官房副長官を務めたという石原信雄さんの記事が特集されていました。読まれた方もおられると思いますが、彼の論法では、はじめに組織ありきです。
これまでの歴史をたどってみると、同じことが何度も繰り返されているのが分かります。
正に、「斯くも奇妙な存在」としての人間が見えてきます。
とにかく、この厄介な属性を具備した人間という生物種を掛け替えのない地球環境という閉じられた空間で他の生物種のみならず人間相互の共存共栄を図る手立てを早急に打ち立てなければなりません。よろしくお付き合いの程を。
野村隆哉(のむらたかや)
野村隆哉(のむらたかや)氏 元京都大学木質科学研究所教官。退官後も木材の研究を続け、現在は(株)野村隆哉研究所所長。燻煙熱処理技術による木質系素材の寸法安定化を研究。また、“子どもに親父の情緒を伝える”という理念のもと、「木」本来の性質を生かしたおもちゃ作りをし、「オータン」ブランドを立ち上げる。木工クラフト作家としても高い評価を受けている。 |