漢方では秋は肺や鼻などの呼吸器や大腸、皮膚に関わりがあると考えられている。盆が過ぎると風が冷たくなり、夏ほど汗をかけなくなってくる。夏の暑さや湿気による疲労が身体に蓄積していると、その残余の炎症が、鼻や皮膚、便通異常などで現れやすい。皮膚表面は火照って熱くても、身体の中が冷え切っていることもある。このような季節の変わり目の症状は、秋や冬に向けて身体やこころが整えてほしいところを教えてくれているような気がしている。それは敵の声ではなく、身体からの応援の声のようだ。
これからの季節は、お風呂の湯船に浸かって心身をゆるませるのも気持ちがいい。精神科医の神田橋條治先生が、気持ちが楽になる方法として湯船にお猪口一杯の焼酎を入れて、足の指を左回りに10回ずつまわす『指いい子』を著書で書かれている。やってみると、ふわっと気が楽になり、なんだか心地よく、もう一年くらい継続している。自分の心地よさがわからないという人がいるが、心地よさを探るには、継続してみて変化をつかみとる感覚も大切だ。そして、自分の心地よさは、ほかの人の心地よさと違っていいということ。自分のこころが満たされてしあわせだなぁという感覚は自分だけのものだ。誰かの情報にふりまわされなくていいのだ。
自分を信じることから
あるとき、大病をかかえている患者さんがこんな話をしてくれた。「私と同じように大病を目の前にした人に、大切なことが3つあるよと伝えたいんです。一つ目は、主治医を決めたら、まず自分から相手を信頼すること。相手に信頼してほしいと思いがちだけど、信じるのは相手からじゃなくてこちらからと思っているんですよ。二つ目は、失ったら困るものをもつこと。家族や友人、ペット、好きな食べ物、花、植物などなんでもいいんですが、大切にしたいものをそばで感じてあげること。三つ目は、主治医は自分なんだと思うこと。あくまで自分の身体やこころをととのえて生きるのは自分だということ」
信頼や愛情、感謝など多くの感情は、相手からも同等の感情をのぞみがちである。相手の感情は相手のものなので自分ではどうにもならない。私から相手を信じること、愛すること、感謝することを大切にしていきたいと思うと同時に、相手を優先し過ぎる前に、私が自分を信じること、愛すること、感謝すること、まずはそこからだと感じた。自分のことを信頼できていないのに、人を信じることはかなり難しいと思うからだ。自分を大切にしていると言葉ではいえても、私は本当に自分を大切にしていたのか、正直なところ、できていなかったと実感している。「無理させてきてしまったなぁ、窮屈に苦しめていたことに気づけずごめんなさい」と自分に声をかけている。また、失ったら困るものと聞くと、生きることへの執着のようなものかと思うが、生きたいという意欲につながるという意味なのかもしれない。絶望しない、小さな希望を傍らに感じてあげるのはうれしいことだ。小さなことのように感じることも、実は小さくないんじゃないかと思うのである。自分の大病以外に家族の大病も経験されたこの方が、今このように思えていることをこころからすごいと思う。そして、なんだかしずかなるエールをもらったようにも感じたのだ。
私は必死で患者さんが楽になる道を一緒に探しているが、やればやるほど医療者としてできることに限界があることを感じている。しかし、患者さんがより良くなるためにどうしたらいいかを模索していると、それ自体が私の内部に眠っていたものを目覚めさせてくれると感じることがある。目の前の困りごとをなんとかしたいという想いのおかげで、私の人生が楽しくなっている気がしている。ありがたい。