この原稿を書いているのは4月末で、私の勤めるかつやま子どもの村小中学校も、新年度が始まって約1か月が経った。今年も元気な新1年生が入学してきてくれた。毎年、新入生が入ってきてしばらくの間は、小さい子たちの泣き声が校内に響き渡る。この学校には全国から子どもたちが通っており、その多くが平日は寮生活をしている。大半の子は月曜日から木曜日まで寮で寝泊りをして、金曜日の授業が終わると特急電車などを利用して家まで帰る。そのため1年生も平日は保護者と離れて寮で生活する。期間にはそれぞれ差があるが、どんな子も最初のうちはホームシックになる。
小学4年生の4月にかつやま子どもの村に入学した私も、最初の1週間は寂しくて、夜ベッドでひとりで泣いていた。今年の1年生も、大きな声で泣いている子、泣いている子を見て自分も寂しくなってしくしく泣く子、気持ちをまわりに言えないけれどやっぱり寂しい子など、いろいろである。新入生が泣いているのは、まわりの子たちも見慣れている。そのため、ホームシックの子の相手も上手だ。「私も寂しくてよく泣いてたよ」とか「あっちで鬼ごっこするから一緒に遊ばない?」など、優しく声をかけている。大きい子が泣いている子を抱きかかえているときもあり、小さいお母さんやお父さんのようである。みんな寂しい思いをしてきたからこそ、してほしいことやかけてほしい言葉がわかるのだろう。
入学してすぐはホームシックになる子が多いが、しばらく経って学校生活に慣れると、そんな様子は一切なくなる。むしろ「家より学校のほうが楽しい」、「面倒くさいから家に帰りたくない」、「夏休みはもっと短くていい」などの言葉を聞くことも少なくない。最初のころは子どものホームシックが強くて、保護者も送り迎えなど苦労するが、慣れるとあっさり登校してしまうので、親の方が寂しい気持ちになるという家庭も少なくないようだ。それだけ夢中になれる学校生活を送れた私も、とても幸せ者だと思う。
寮生活と反抗期
そんな毎年恒例の泣いている子たちを見ていると思うことがある。私は、父からよく「愛は反抗期がなかった」と言われてきた。その話を校長の「ごんちゃん」にすると、子どもの村では反抗期がなかったという子が比較的多いという。その理由は私もよくわかっていないが、寮生活をしていたからなのではないかと思っている。
在学していたときの私は、毎週帰宅する「週末帰宅生」ではなく、約1か月に1回だけ帰宅する「長期滞在生」として生活した。そのため、父に会う機会はそれほど多くはなかった。にもかかわらず、中学生時代の私の興味は、ラオスの子ども兵や地雷の問題など、父からの影響を受けたものが多かった。そして授業で学んだことや考えたことを父と話す時間が好きだった。
これは私だけのケースなのかもしれない。だが、他の子たちにしてみても、日頃、家の人から「勉強しなさい」「片付けしなさい」と口うるさく言われていると、互いに嫌な気持ちになるのではないだろうか。寮生活は子どもの成長はもちろん、子どもと保護者の心地のよい距離感を生んでいるのかもしれない。
ホームシックの1年生たちが寂しさを乗り越える瞬間には、子どもたちの成長を強く感じて驚くことが多い。まだ保育園を出てすぐの子たちが「あと2回寝たらお母さんに会える!」と帰宅までの日数を数えている。別れるのが寂しくて泣いていたかと思うと、急に心を決めたかのように泣き止んだり、保護者から離れたりする。そんな日々の積み重ねで、寂しさを少しずつ克服しているようだ。少しずつ、しかし確実に成長していく子どもたちの様子から私も学ぶことが多い。