昨年末に勃発した世界同時の経済恐慌は、その背景を調べるまでもなく起こるべくして起きたものです。生物学の立場から見るとさらに明々白々です。簡明にまとめると、今日の先進国が進めてきた市場経済は自然界の調和(バランス)を無視し、人間という生物種の持つ属性の一つである「欲望」を際限もなく肥大化させるシステムをグローバル化させたことにあります。
今日の経済は、その語源となった「経世済民」すなわち「世を治め民を救う」という基本を忘れてしまいました。経済学もデカルト同様時流におもねる学説だけが都合よく重宝されるだけで、正論は封殺されてきたのでしょう。しかし、今回の経済恐慌でこれまでの進め方が間違いであったことを知らされました。それでも懲りない面々は現体制を何とか維持しようと対症療法に懸命ですが、おそらくどのような施策も成功しないと思われます。まさに、新しい枠組み(ノヴァ・パラダイム)を出来るだけ早く作る必要があります。
この新しい枠組みとは、地球上のいのちの連鎖を視座において、地球全体の環境(ジオスフィア)との調和を図りながら食物連鎖の外にいる人類をこの連鎖の環に組み込み、快適性を際限もなく追及するという人間の欲望をこの連鎖の中で調和させる方法論を確立することではないかと思います。この新しい枠組みの基本となるものを私は「生物経済学」として提案しようと考えています。与えられた紙面に制限があるので、12回に分けて話を進めさせていただきたいと思います。まず、プロローグから始めさせていただきましょう。
ご存知のように、私たちの創造主は、知る限りにおいて宇宙の中で唯一この地球という惑星上に豊穣な生命体を作り出しました。この膨大な数のいのちを養うために食物連鎖という仕組みが作られましたが、その構造はピラミッド型で、その底辺を構成しているのが細菌の仲間です。数十億年掛けて作り出された地球環境で大部分の生命が生きるために必要とする酸素の大気中濃度が21%に保たれているメカニズムにメタン合成菌が関わっていることを知っている人はほとんどいないでしょう。大気中の酸素が今より1%上昇するだけで、火事の発生する可能性は60%も増大し、4%になれば地球全体が炎上し、地表の生物は燃え尽きてしまうそうです。
メタンがバクテリアの発酵によって出来る生物学的な副産物であることが科学的に解明されたのは今からわずか50年前のことです。このメタン合成菌は年間10億トン以上のメタンを生産します。メタンが成層圏に達すると、酸化して二酸化炭素と水になります。その水はさらに酸素と水素に分解されます。酸素は地表に降下し、水素は外宇宙に逃げていきます。つまり、メタンは大気圏上層で酸素濃度を増大させる働きをするわけです。
一方、大気圏下層では、メタンは年間20億トンもの酸素を消費します。メタン合成菌がいなくなれば、酸素濃度は一万二千年ほどで1%も上昇し、上述したように地球の大気は非常に危険な状態になります。このように大切なメタンを作り出すメタン合成菌は、面白いことに完全な嫌気性菌で、少しでも酸素が存在すると生きていけないのです。このメタン合成菌以外に多くのバクテリアが地中、水中で活躍し、その次に位置付けられている植物プランクトンに必要な食物を準備します。
例えば、これら植物プランクトンに必要な微量元素としての鉄やマグネシュウムは、バクテリアが陸上、水中の植物を分解して作り出した有機酸と反応して出来た有機酸鉄(健康飲料として売り出されているクエン酸鉄のような形)のように、鉄が有機酸と結合して鉄イオンの形になったものしか利用できないのです。この植物プランクトンはバクテリアと共同して水中のヘドロを食べてくれます。しかし、植物プランクトンが増えるためには有機酸鉄や有機酸マグネシュウムが必要ですが、バクテリアによって作られなければどうしようもありません。植物プランクトンが増えるとそれを食べる動物プランクトンが増え、さらに食物連鎖の上位のものが増えるというわけです。かくして、地球上のいのちの豊穣さが保たれてきました。いのちの連鎖はピラミッド構造なのです。
生物学的な食物連鎖から見れば、人類はこの連鎖の頂点に君臨することは出来ませんが、幸か不幸か手と脳を発達させることによって、いつの間にか食物連鎖の頂点に立ってしまいました。地球上のいのちを紡ぐ食物連鎖には常に調和(バランス)が保たれています。
例えば、食物連鎖の頂点に立つトラ、ライオン、ワシや鯨が草食動物や小魚のイワシのように大量に生まれたらどうなるかを考えてみてください。彼等のDNAの中にはそのような事にならないための仕組みが作られているのです。
ところが、人類はDNAの中にこの調和の仕組みが作られていません。生物学的に見ても、からだの形態から明らかなように、裸で自然界で生きていけるような機能を備えていないのです。種の保存に関しても、子供は十月十日掛けて生まれてきても自立できません。この環境から受けるマイナスのストレスが人間の大脳を発達させると同時に、大脳の特化した能力によって生み出された科学技術を駆使して環境のストレスから開放されるシステムを作りました。
次回は、この問題について考えてみようと思います。
引用・参考文献
「地球意識革命」、ジェレミー・リフキン(ダイヤモンド社)
野村隆哉(のむらたかや)
野村隆哉(のむらたかや)氏 元京都大学木質科学研究所教官。退官後も木材の研究を続け、現在は(株)野村隆哉研究所所長。燻煙熱処理技術による木質系素材の寸法安定化を研究。また、“子どもに親父の情緒を伝える”という理念のもと、「木」本来の性質を生かしたおもちゃ作りをし、「オータン」ブランドを立ち上げる。木工クラフト作家としても高い評価を受けている。 |